Minato Sugisawa's memo

旅・エンタメ・日々の覚書

五輪エンブレム騒動を憂う

広告業界の末席を担っている身としては今回の騒動はとても切なくなるような出来事でした。五輪エンブレム、日本で3回もの五輪を開催をしてるとは思えないひどい顛末で、首都である東京都ってダメダメなの??と考え込んでしまいました。

渦中の人である佐野さん、広告業界では超有名人で、彼が手がけたクリエイティブを見れば佐野さん自身のキャリアは素晴らしいものであるんですが、難しいのは「アートディレクター」という肩書きでしょうか?ディレクターは自身の手を動かさす、クリエイティブのコンセプトをつくり、その考えを形にできるスタッフをアテンドするという「責任者」であり、それらをクライアントに説明する「プレゼンター」でもあります。単に絵が上手なだけではなれない職業でもあり、決裁権のある人を納得させるだけの話術が必要です。その一方で一般の人がみて単純に好感度なものに仕上がっていることも重要、その両方を持っている人で、手がけたものを挙げれば今回の騒動が本当残念です。キャリアの傷とならないといいなと思います。ただ、佐野さん自身は「ロゴマーク」はさほどやっていないような気がするんですよね。可愛いなと思うクリエイティブのものが多いと思います。

最初にロゴが発表された時、「1964年の東京五輪ロゴのリスペクトかな?」という印象で、手がけたのが佐野さんというのが後付けで知りました。そのくらい1964年の東京五輪のものは素晴らしいとされていて、作る側は間違いなく意識したと思います。ただ、こういうものの難しいところは馴染んだものが良いという「錯覚」を与えてしまうところがあり、後出しのものは良くないということをしばし言われがちなんですよね。東京タワーからスカイツリーしかり。選考委員の投票で決まったということらしいですがいろいろ過程をみる限り1964年の呪縛に囚われている感じがしました。

修正なしの一発投票に出来なかった理由はわかりませんが、今日会社で出た話としてこの騒動で今これからクリエイターを志そうという若者がしばらく少なくなるのでは?ということでした。ソフト部分の開発費がコンペ賞品100万円に対し、エンブレムをつける工事費などハードの部分の方が遥かに高コストで、それらの責を一人に押し付けられる形となっているのは辛いです。

五輪の開催が決まった前提として高度経済成長期のイケイケなノリではなく、成熟した都市で開催するという「セーフティー」の面が大きかったはずですが、正直、今の日本ではそういうことも危ういということを露呈し続けている気がしてなりません。次の騒動は公式ユニフォームかなぁ・・・・。