
今回の記事は戦争遺構訪問になりますので苦手な方は飛ばしてください。
私は子どもの頃から第二次世界大戦にまつわるものに興味が強かった方です。
10歳のころ、自分から「見たい」と親に連れて行ってもらって広島「10フィート運動」の記録映像をみたとき、ショックのあまり会場の図書館から泣いて逃げ出したことがあります。記録から発せられる戦争の惨状、実態を初めて目の当たりにした瞬間でした。
音声の力が強すぎるのか今も映像では見る気になりませんが、旅先でみる戦争遺構は比較的冷静に見ることができています。そうなると違う考えが出てくるんですよね。「惨禍を後世に伝える」ではなく「生き延びるためにどうすべきか」
ドイツ名「アウシュビッツ」ポーランド名「オシフィエンチム」にある博物館はかつての強制収容所跡で戦争遺構としては突出した知名度を誇ります。第二次世界大戦終結から81年、人の寿命に近い年月を経た今現在、どこの国も「制度疲労」を起こしているようにみえます。
人間である以上、優劣も差別もあるけど折り合いをつける叡智もあるはず、でも「人間は忘れる生き物」でもあります。体験がないものは忘れていくのです。だから歴史は繰り返す。
直近の紛争をみても国のリーダーが自身の保身に傾くと紛争が勃発しているような。
アウシュビッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツ強制絶滅収容所は特定の宗派、民族を絶滅させる目的をもったものですが、今の情勢下ではこれらを遺構として残す意義が根底から覆ります。ひょっとしたら再び・・・と思いながらの訪問、脳内で「映像の世紀」や「シンドラーのリスト」が再生されるような、重い灰色の空もまた、象徴的な旅情となりました。
施設そのものはだいぶ痛みが進んでいる印象なのと敷地が広大すぎてガイドなしでみるにはちょっと順路がわかりにくいかな。
見たいところと飛ばしてもいいかなというルートの編集をしたいので私は基本ガイドなしで歩きたい派。そうなると展示内容が近いドイツ/ダッハウの方がコンパクトに回れるのでおすすめです。
2009年3月 ドイツ/ダッハウの博物館



ミュンヘンから近郊線+バスで1時間くらいです。この頃はそんなにきちんと旅行記を書いてないから記事がほとんどなかった・・・。
アウシュビッツ、現地での体感としてこの門にはやはり迫るものがありました。
死の門


門を入り口側から見た図


映像などで導入部分に使われる線路。
「絶滅」が目的の収容所なので、この引き込み線で降りた人々のその後の運命を思うと心が痛みます。

現存する第一収容所・第二収容所のうち、ガイド付きツアーは第一収容所の方になります。所要2時間45分くらい。


各言語でのガイド。予約時にこれらを選べます。ガイドさんがマイクで話し、ヘッドホンで聞く仕様。


有名な「B」をひっくり返した入り口。

オリジナルは15年ほど前に盗難、損壊されたとのことでレプリカでの展示。
ブロックごとに展示物があります。

15番は有名な毒ガス「チクロンB」の缶。

4番は連行された方々の荷物。Nikonのレンズ+AIが優秀で、ガラス反射除去したらかなり見えるので小さめに貼ります。






この博物館を紹介される際の象徴として出てくる毛髪は損傷のリスクがあり撮影はNG。

収容所内に「楽団」があったことが辛い。エンタメの力を悪用した例。




設備と収容者プロフィール。
焼却炉


ルドルフ・ヘスの処刑台

死の壁


ガス室








民族・宗教は個人を救いもするし苦しめもします。そんな感想を持ちました。
第二次世界大戦での死者数はソ連が突出しています。次が中国。ドイツは第一次世界大戦でも多くの犠牲者を出していて、国力に影響が出てないのが不思議。こういうところが「国民性」になるのかな。
民間人の比較では日本よりもオーストリアの方が多いです。アジアに向けると「大東亜共栄圏」の惨状も。数字で比較すると見えてくる世界も変わります。
SideBでは自力で無料でこちらを訪問する方法を記します。ガイドツアーに参加した方がいいですが、基本日本語以外での説明になるので、私個人としては事前に公式サイトなどで予習して、あとは現地で五感をフルに使っての体感を大事にしています。