Minato Sugisawa's memo

旅・エンタメ・日々の覚書

69年前と3年前

月曜日ですが2月の代休を消化すべく本日お休みでした。なので雑記も月曜更新。用がありまして外に出てみると何やら出店が。月曜日なのに何で?と思ったら今日、3月10日は「東京都平和の日東京大空襲追悼式が行われていました。休みでなかったら見ない光景、69年という長い長い歳月に考えさせられた1日でした。今の居住エリアは空襲による被害が大きかったうちのひとつで、そのおかげで広く大きな道路が通っています。引っ越ししてくるまではまるで意識をしていなかったのですが、このあたりの治安の良さはお相撲の聖地なだけでなく、多くの犠牲を払った魂が宿っているからかもなとも思います。69年、来年は70年。戦争を知る世代が少なくなりました。「永遠の0」の本当のメッセージがよりリアルに伝わります。

そして明日は東日本大震災から3周年。五輪があり、4年前の五輪から今回の五輪までの時間感覚の短さと、でも遠い現実を感じています。今回五輪で金メダルを獲得した羽生君、3年前はまだワールド代表に入るだけの力がありませんでしたが、直前の四大陸では2位。将来を嘱望された矢先の大震災でした。当時、自分のことが落ち着くと自分の好きな人たちがどうなっているのか、とりわけ羽生君は気になりました。今となっては発言が出ることはないと思いますが、当時は被災者代表として、そして被災者代表と思われたくないという想いに揺れ、最終的には自分が助けられているという言葉に落ち着きました。今回のメダルは被災を乗り越えてというよりは単純に彼自身の能力とは思いますが、前向きにひたむきに進んでゆく姿は是非リスペクトしたいなと思います。

他方、福島の方の想いは複雑だと思いました。解説の本田君は福島の出身。風評被害を気にして、本田君のお子さんの未来を心配してご実家から農作物が届くことがなくなったといつだかのTVでコメントしていました。同じ東北地域の光と影のような話、神様は残酷です。発信できること、出来ないことありのままが語られる日が本当の復興であり、それはまだまだ遠い話で重たい現実でもあります。

何も出来ることがない無力感に取り憑かれていたあの日から、3年。今も出来ることは何もないですが、静かに祈ります。