Minato Sugisawa's memo

旅・エンタメ・日々の覚書

井上怜奈

4年前どんな事雑記に書いてたかなーと思ったら、「V6トーク9割ダウン」とは・・・。今もそんな感じです。で、北米の国内大会が終わりました。代表選考は順当という感じですが、クワンは27日まで様子見という事です。全米の結果で一番気になっていたペアは怜奈ちゃんペアが逆転優勝で代表権獲得というニュースにガッツポーズ!それにしても話題性もあったとはいえ、ペア競技が、しかも全米選手権の事がスポーツ紙1面を飾ったのには驚きました。一般紙夕刊にも1面に来たのがあったそうですね。

怜奈ちゃん。私は彼女ほどドラマ性を持ったスケーターはいないと思っています。ペアとして五輪に出た後、怪我からシングル活動を余儀なくされて、怪我を持ちながらリメハンメルの選考会でノーミスで滑り。五輪の結果は実力通りという感じでしたが小さい身体から溢れ出る滑りのスピード感やスピンの早さには非凡なものがありました。「TVガイド」の五輪特集で「愛のアランフェス」を地でゆくキャラだといわれてました。翌年の全日本、皆が力を出し切れない、非常に重い全日本で、彼女はインフルエンザで演技途中からふらふらになりながらの演技。本当に誰か止めさせて欲しいと願った壮絶な演技でした。演技後は自力で立つ事も出来ず担架での退場。それから暫くは拠点をアメリカに移しながら全日本の最終グループの常連という感じで、世界大会で姿を見せる事はありませんでした。

シングルの選手も世代交代した頃、ネットで「アメリカでペアの選手として登録されている」という話がちらほらと。初出場の全米は5位か6位だったので近い内に国際大会で見られたらいいなとぼんやり思っていました。それが結構早い段階で現実のものとなり、単純にすごいなーと思っていた時WFSで「病気」になり引退を考えていて治癒した時にペアの話があった事、治癒した段階で使っていた薬の影響で免疫が落ちている事などが載ってました。フィギュアの専門誌の内容でも驚愕でしたが新聞の方で実は肺癌だったと、幕張のワールドのニュースでインタビューに答えていたごお父様が長野五輪の年に他界されていた事に更に驚き、それでも尚競技者でありつづける情熱に凄さを感じました。で、今回の全米、スタート4位でちょっと心配だったんですよ。そうしたらフリーでスロートリプルアクセルを成功させての逆転。リメハンメルの選考会も4位スタートからの逆転だったのを思い出し、「やっぱりそういう選手なんだ」と改めて思いました。

アメリカのペアはやや大味なので成績という点ではやや辛いとこがありますが、12年振りという五輪の舞台を最高の演技で楽しんで貰えたらと思います。静香ちゃんや章枝ちゃんよりも先輩になります。で、野辺山の前の選手(ここ重要。スケート連盟が強化した・・・と新聞に出ていたけどこの頃はどちらかというとDLLの強化力がすごかった・・・)時間の流れも悪くないなと思いました。